んがえ
この記事では、22q11欠失症候群の診断後に経験した母親の負担について書いています。
同じように悩んだ方の参考になれば嬉しいです。
☛このシリーズ全体のまとめはこちら
【体験談まとめ】22q11.2欠失症候群の娘 妊娠・診断・治療・療育までの記録 - oyako-note’s diary
いつのまにか、なりたかった私とかけ離れていく。
キャパオーバーの生活
今まで仕事・家事・子育てを完ぺきではないけども、こなしてきた私でしたが、娘の治療というすごく大きな『やらなきゃならないこと』が横入りしてきました。
それでもなんとか踏ん張って全てのことに全力を尽くしていました。
そんな生活を続けるうちに、めまいや頭痛、不眠、すぐに涙が出るなど、新進の不調が表れ始めました。
病名が判ったことで起こった心と生活の変化
娘の症状に病名が付いたことは、結果的に私の生活の変化や気持ちの不安定さをもたらしました。
本人は何も変わっていないのにです。
それ以降の私は
『22q.11症候群』を検索しては、悪いことばかりを思い、自分を責めました
・小児期からの多様な症状が継続したり、成人期特有の合併症(特に精神疾患)が現れたりする可能性があります。障害にわたる継続的な医療・福祉・教育の支援が重要となります。
とあります。また、
・症候群を持つ方自身が出産する場合、子に遺伝(50%の確率)する可能性があります。
『こんなに頑張っても、これまでと同じように次から次へと問題がこれからも起こり続けるんではないか。そうだとしたら、私はなんでこんなに頑張っているんだろう。』
『私のせいだ。娘を産んだことで誰も幸せにならない。間違えだった』とひどく落ち込みました。
今こうやって書いていると本当に最低ですけど、その時は心が完全に壊れているので正常な考えも浮かびませんでした。
娘の成長が変えてくれた ネガティブからの脱出
そんなどん底の時期に開催された運動会での出来事です。
年中だった娘の成長が私の気持ちを変えました。
かけっこでは一生懸命走り、最後になって悔しくて泣く。
ダンスは小さな体で一生懸命踊って大きく見せようとする。
障害物競争では一緒に走っている子に助けてもらいながら平均台やネットくぐりをやってのける。
そして、最後には大好きな先生に抱き着いて『やったー』と満面の笑みをみせました。
娘は3月生まれでそれじゃなくてもハンデなのに、身体的にも問題を抱えている。
そんなことモノともせずに目標に向かって走ったり踊ったり。確実に成長をしている。
自分でいっぱいで、こんなに近くにいるのに成長に気付けてなかった・・・
私は一人で頑張っていると思いこんで、家でも全く笑うことが無くなっていましたし、イライラして当たり散らすことだってありました。
それで娘を泣かせたこともありました。
娘の健やかな健康を願って頑張っていたはずなのに、足を引っ張ていたのは私の方だと気づいたのです。
これから先、まずは私が笑顔でいようと決心しました。
仕事を辞めて、心に余裕を持つことを優先しようと決めました。
その翌月末で仕事を退職しました。
ウェイトを家や子供に置くという選択は人生初でしたので、勇気がいりましたが、やってみると気持ちも体も本当に楽になりました。
頭痛等の嫌な症状もなくなり、笑顔も自然に増えて元の自分に戻ることができました。
母親の笑顔が子供にとって一番幸せです。いくら療育に通っても、病院での治療を続けても、母親が笑顔を失えば子供にとっては不幸です。
そして転職へ
しばらくして落ち着いたらまた仕事を始めました。
今度は残業のない娘のことをしっかり話して理解してもらえる職場を選びました。
☛転職の詳しい記事はこちら
ワーキングマザーでいるために|『好い加減』をみつけるまで - oyako-note’s diary
家庭と育児と仕事の両立で悩んでいる人へ
何かしら身体にハンデを持っている子の母親の気持ちは本人でないと本当の理解はなかなか難しい。
私のように精神的にも物理的にも追いやられる母達。きっとある程度の割合でいるはずです。
そんな時は思い切って何かを切り離してみるのもいいかもです。
自分を大事に。健康で。たまに休みながら進みましょう。
自分1番、子供2番で、そんな心持でもいいのかもしれません。
そして、また明日頑張りましょう‼
☛このシリーズ全体のまとめはこちら
【体験談まとめ】22q11.2欠失症候群の娘 妊娠・診断・治療・療育までの記録 - oyako-note’s diary